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波瀾万丈!人蔘の歴史

會津人蔘について

會津人蔘はウコギ科の多年草で原産地は中国の遼東から朝鮮半島にかけての地域と言われ、中国東北部やロシア沿海州にかけて自生する植物です。
薬用または食料として用いられ、朝鮮人蔘や高麗人蔘、薬用人蔘と呼ばれていますが、日本名はオタネニンジンと言い、福島県会津地方では會津人蔘。長野県では信州人蔘。島根県では雲州人蔘と呼ばれています。
みなさんが知っている野菜のニンジン(キャロット)はセリ科で全く別の種類です。

會津人蔘の歴史

日本名の「オタネニンジン」の名前の由来ですが、徳川幕府から人蔘の「種」を分け与えられたので「御」を付けて「オタネニンジン(御種人蔘)」という名前になりました。
会津では300年の歴史があり江戸時代に始まります。会津藩の財政を支える高価な商品作物として奨励され戦後もピーク時で約360戸の農家が栽培し、主に香港へ輸出されました。しかし、円高の波の中、韓国、中国産に押されて価格が低迷していきます。平成に入ってから栽培をやめる農家が相次ぎ、2012年には「會津人蔘農協」が解散してしまいます。

近年の會津人蔘

前述で述べたように会津地方では昔から人蔘栽培が盛んでしたが、価格の下落や後継者不足などの問題で、生産農家の方が数えるほどとなってしまいました。
しかし300年の歴史ある会津の伝統ある野菜を絶やしてはならぬという思いから、会津地方だけでの栽培ではなく、福島県の他の地域や県外でも栽培をする仲間を増やし會津人蔘を守っていきたいと思っています。

清水薬草の取り組み

1946年創業の清水薬草は、漢方薬の原料を農家から集めて加工する産地問屋です。
2012年に解散した「会津人参農業協同組合」を買い取り、会津から會津人蔘を無くしてはならないという思いから、會津人蔘の栽培をはじめました。栽培方法のノウハウを人蔘栽培の名人に教えてもらう講座を開いたり、自ら會津人蔘を知ってもらうために講演を開いております。